トリガーが発火している
プログラミングの言葉は、いちいちカッコいい。人間の心で起きる小さな発火について。

プログラミングの言葉は、いちいちカッコいい。
たとえば、
「トリガーが発火している」
何かの条件が満たされ、それをきっかけに処理が始まった、という意味らしい。
ただそれだけのことなのだが、「処理が始まりました」と言われても、こちらの心は何も動かない。
けれど、「トリガーが発火した!」と言われると、急に秘密基地の赤いランプが回り始める。
誰かが透明なケースを開け、赤いボタンを押した気配がする。
ほかにも、
「フラグが立つ」
「例外を投げる」
「フックを仕込む」
「プロセスを殺す」
「ロールバックする」
など、やたらと物騒である。
プログラマーはパソコンの前に静かに座りながら、内部ではずっと、旗を立てたり、罠を仕掛けたり、何かを投げたり、殺したり、時間を巻き戻したりしている。
ほとんど特殊部隊である。
私は長いこと音楽を作ってきたので、「アタック」とか「リリース」とか「トリガー」という言葉には慣れている。
それでも、自分でプラグインを作り始めてから、「実装する」とか「ビルドする」とか「デプロイする」といった言葉を使うようになり、少しだけ別の世界の人間になった気がしている。
昨日まで「つまみを動かしたら音が変わるようにした」と言っていたものが、
「ノブの操作に連動してパラメーターが更新されるよう実装した」
となる。
言っていることは、ほぼ同じである。
けれど後者には、何かを成し遂げた感じがある。
言葉というのは不思議だ。
同じ出来事でも、名前を変えるだけで、世界の見え方まで少し変わる。
恋をした、というと少し大げさでも、
「特定の人物からの返信を検知し、感情系のトリガーが発火した」
と言えば、ただのシステム上の現象に思えてくる。
思えてくるだけで、実際にはまったく冷静ではない。
返信を何度も読み返す処理がバックグラウンドで走り続け、意味を解析するループから抜け出せない。
こちらのフラグは、とっくに立っている。
どうやら人間も、かなり複雑なプログラムで動いているらしい。
しかもバグが多い。
仕様書もない。
それでも、ときどき誰かの短い言葉や、ふと耳にした音楽や、昔の記憶をきっかけに、心の奥で何かが動き始める。
それを昔から人は、「胸が騒ぐ」とか「心に火がつく」と呼んできた。
考えてみれば、それもトリガーの発火なのだ。
そう思うと、プログラミングの言葉がカッコいいのではなく、人間の中でずっと起きていたことに、あとからカッコいい名前がついただけなのかもしれない。
なお、さきほど私の内部でも、あるトリガーが正常に発火した。
現在も処理は継続中である。