AIのクセ
AIの進化が速い、という言い方では、もう少し足りない気がする。速いというより、こちらが覚えた手順に対して、まるで敬意がない。 時間をかけて企画を組み、試し、ようやく「このやり方で行けそうだ」と思った頃には、もう次のバージョンが出ている。 しかも新しいほうが、だいたい少し良い。 少し自然で、少し賢く、少し使いやすい。 その「少し」が実に厄介…
AIの進化が速い、という言い方では、もう少し足りない気がする。速いというより、こちらが覚えた手順に対して、まるで敬意がない。
時間をかけて企画を組み、試し、ようやく「このやり方で行けそうだ」と思った頃には、もう次のバージョンが出ている。
しかも新しいほうが、だいたい少し良い。
少し自然で、少し賢く、少し使いやすい。
その「少し」が実に厄介で、完全に無視するには惜しい程度にちゃんと良くなっている。
だから困る。
今あるもので進めればいい話なのに、新しいほうを見てしまうと、もう戻れない。
昨日まで十分すごいと思っていたものが、今日には「まあ、悪くはないけど」くらいの顔になってしまう。
AIはよく働く。
だが同時に、こちらの企画書をものすごい速度で過去の資料に変えていく。
それで結局、また作り直す。
世間はここで「最新AIで効率化!」みたいな夢を見るのだろうが、現場の実感はもう少し地味である。
別にそんなに楽ではない。
新しいAIには新しいAIのクセがあるからだ。
前のバージョンでは効いた言い回しが妙に滑る。
逆に、前は通じなかった雑な指示がなぜか一発で通る。
頭は良くなっているのに、別の場所で妙なつまずき方をする。
優秀な新人が来たと思ったら、靴紐だけ異様に結べない、みたいな感じがある。
だからこちらもまた学び直す。
言い方を変える。順番を変える。一度に言う量を減らす。細かく言う。細かく言いすぎない。
結局また、人間のほうが空気を読んで調整している。
「AIが何でもやってくれる時代」と聞くたびに、現場の人間はだいたい薄く笑っていると思う。
もちろん、便利にはなっている。
以前なら何段階も必要だったことが、かなり前倒しで見えるところまでは行く。
ただ、「見えるところまで一瞬で行ける」ことと、「本当に使えるものとして仕上がる」ことは、まったく別の話だ。
ここを混同すると、AIは魔法に見える。
実際は、新しい種類の面倒が増えただけである。
クオリティはちゃんと上がっている。
前より自然だ。前より届く。「これで行ける」という地点が、前より高い。
だからまた試してしまう。
怠けたいからではない。
少しでも良いものを出したいからだ。