処理待ち時間に眠る
睡眠が一日の終わりではなく、作業工程のひとつになる。クリエイティブモードに入った脳と、処理待ち時間に眠る日々について。

ときどき、脳がクリエイティブモードに入る。
楽曲を作っていたはずなのに、ふとスタジオの壁を見て、ここに棚を作ったらいいんじゃないかと思う。
棚の構造を考えているうちに、今度は機材の回路が浮かぶ。
その回路をプラグインにしたらどうなるだろう。
そういえば、あの曲のミュージックビデオは、こんな場面から始まったら面白いかもしれない。
ひとつの仕事を終えてから、次の仕事へ進むわけではない。
いくつものことが、同時に少しずつ動き始める。
傍から見れば、落ち着きがないように見えるかもしれない。
けれど、自分の中では、どれも別々のことではない。
曲を作ることも、スタジオを作ることも、機材やプラグインを作ることも、映像の物語を考えることも、全部同じところにつながっている。
まだ存在していないものを、この世界に出す。
たぶん、私はずっとそれをやっている。
こういう状態になると、眠くなくなってしまう。
いや、正確には、身体は眠いのだと思う。
ただ、眠気より先に次のアイデアがやってくる。
眠るということは、その日をいったん閉じることだ。
けれど、目の前でいくつものものが動き始めているときに、それを閉じる気にはなかなかなれない。
プラグインのビルドが始まり、しばらくパソコンが使えなくなる。
その隙に、少しだけ横になる。
気がつくと、一時間くらい眠っている。
そして目が覚めると、脳はさっきまで考えていたことをちゃんと覚えていて、何事もなかったように続きを始める。
また別の作業をして、ふっと横になり、少し眠る。
そんなことを繰り返していると、何時に寝て、何時に起きたのか、だんだんわからなくなる。
睡眠が一日の終わりではなく、作業工程のひとつになる。
もちろん、健康的な生活とは言えない。
脳も身体も無限に動けるわけではないし、どこかではきちんと眠らなければならない。
それでも、ときどき訪れるこの時間が、私は嫌いではない。
このときの私には、世界が完成品に見えていない。
部屋の配置はまだ変えられる。
回路はもっと良くできる。
音には、まだ聴いたことのない響きが隠れている。
曲には、これから見つけるメロディがある。
映像には、まだ誰も見たことのない場面が待っている。
身の回りのすべてが、まだ決まり切っていない。
眠気が消えたわけではない。
そんな日々のなかで作った、Sugarfieldsの久しぶりのアルバム『何者にもならず』がリリースされた。
けれど、もう次のアルバムも仕上がりそうだ。
もうしばらく、処理待ち時間に眠る日々が続きそうである。