何もしないと決めた瞬間、曲が溢れた
もうエンジニアをやらない。そう決めた瞬間から、また私は、やたらとシュガーフィールズをやり始めている。 曲を書く。歌う。録る。 考える前に、手が動いている。 「何かを得るには、何かを捨てなきゃならない」——そういう言葉は、あまり好きじゃない。努力論っぽいし、根性論の匂いもする。 でも正直に言うと、この感じ、覚えがある。 大阪にいた頃の話だ。…

もうエンジニアをやらない。そう決めた瞬間から、また私は、やたらとシュガーフィールズをやり始めている。
曲を書く。歌う。録る。
考える前に、手が動いている。
「何かを得るには、何かを捨てなきゃならない」——そういう言葉は、あまり好きじゃない。努力論っぽいし、根性論の匂いもする。
でも正直に言うと、この感じ、覚えがある。
大阪にいた頃の話だ。
大学で4年。そのあともズルズルと、バイト生活で4年。気づけば、人生の大事なところを、ずいぶん長く大阪で悶々と過ごしていた。
阪神・淡路大震災があって、オウム事件があって、日本全体が、どこか現実感を失っていた年。
あの日、私はふっとバイトを辞めた。理由は、特にない。前向きでも、後ろ向きでもない。
ただ、「一回、何もしないでいてみよう」と思っただけだ。
最後のバイトから帰ってきて、ドアを閉めた、その瞬間。
本当に、その瞬間からだった。曲が、出てきた。
一曲、二曲、というレベルじゃない。溢れる、という表現がいちばん近い。
休んでる暇なんて、まったくなかった。
押し入れの奥から、カセット4トラックのレコーダーを引っ張り出してきて、作っては録り、録っては、次を作り続けた。
それまで作っていた曲とは、似ているようで、まったく違っていた。
それ以前の私は、どこかで「かっこいいものを作ろう」としていたと思う。
日々の生活のストレスを、音楽で発散しているようなところもあった。エゴもあった。評価もあった。
無意識のうちに、「こう見られたい自分」が混じっていた。
でも、その夜からは違った。
出てくるものを、止めない。良し悪しを決めない。整えない。否定しない。
ただ、出てくるものを、全部許す。
そう決めて、作り続けた。
気がつけば、あの夜から作った音楽が、そのまま今の私の仕事につながっている。
6曲入りの自作カセットテープ作品を、8ヶ月連続でリリース。自宅でダブルデッキで複製し、梅田ロフトで綺麗な紙を買って、コンビニでコピーして、ジャケットを作った。
8ヶ月、ギリギリ食えるくらいには売れた。「あれ? 音楽で食えてる……」って思った。
そのあと東京の音楽事務所から声が掛かり、上京、そしてメジャーデビュー。
今の音楽の作り方も、スタジオの在り方も、機材の思想も、全部、あそこから地続きだ。
あのとき私は、「何かを得よう」として何かを捨てたわけじゃない。
ただ、余計な役割を、ひとつ降りただけだった。
そして今。
エンジニアをやらない、と決めた瞬間から、また同じ匂いがしている。
思考より先に、音が動く。計画より先に、曲が生まれる。
ああ、これだ。この感じだ。
「何かを捨てなきゃ、何かは始まらない」——のかもしれない。
でも正確には、たぶんこうだ。
自分じゃない役割を捨てた瞬間に、本来の流れが、勝手に戻ってくる。
あの夜と同じように。
今もまた、始まっている。
今回は、どこへ繋がっていくのだろうか。それを決める必要すら、まだない気がしている。
—— Sugar Fields
制作環境AMATERAS STUDIO / AMATERAS SHOPhttps://amaterasshop.base.shop/