母さんへ
五十を過ぎて、まだ何かの初心者になれるというのは、悪くないものです。長岡の家の二階から、音の道具を世界へ送り出す日々について。

母さんへ
ごぶさたしています。長岡はもう夏です。
こちらは相変わらず、朝から晩までパソコンの前に座っています。
音の仕事は昔と変わらないのですが、最近は道具そのものを自分で作るようになりました。
前に「機械を作っている」と話したら、母さんは「機械屋さんになったのかい」と言いましたね。
半分当たっています。
ただ最近は、手で触れる機械ではなく、パソコンの中に入れる道具を作っています。
プラグイン、というものです。
料理でいえば、調味料のようなものだと思ってください。録音した歌や楽器の音を、少し明るくしたり、丸くしたり、奥行きを出したりする。その調味料を、自分で作っています。
世界中の人が買ってくれると思います。
長岡の家の二階から、そういうものが世界へ。
妙な時代になりました。
今日は、その道具を十四本ぶん、まとめて整理しようという日でした。
——
プログラムというのは、私にはほとんど分からない世界です。
三十年、音楽をやってきて、耳と手だけは鍛えられましたが、パソコンの中身のことになるとさっぱりです。
それでも作りたいものがあるので、なんとか調べながらやってきました。
ところが最近、たいへん助かる相棒ができました。
人工知能の「クロード」です。
私が「このプログラムはどうなっているの」と聞くと、何百枚もある設計図を読んで、「ここはこうなっています。ここは触ると危ないです」と、日本語で答えてくれます。
今日、私の作った音の測定器を読んで、クロードが言いました。
「この順番は重要です。入れ替えないでください」
無音のときに画面の針が跳ねないよう、昔の私が苦労して直したところでした。
直したこと自体を、私はすっかり忘れていました。
誰にも言っていない工夫を、他人に言い当てられたようなものです。
いや、他人ではなく、昔の自分に肩を叩かれた気分でした。
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もちろん、失敗もしました。
パソコンが何度も同じ文句を言い、直しても直しても、また同じところで止まる。
三回続いたところで、クロードが「一つずつ直すのはやめましょう。全部作り直したほうが早いです」と言いました。
思い切って作りかけの部分をごっそり捨てたら、十一秒で終わりました。
しかもそのとき、私はもう二か月も前から、この道具をきちんと組み立てられていなかったことが分かりました。
母さんが台所で「この鍋、ずっと蓋が合ってなかったのに気づかなかった」と言っていたことがありましたね。
あれと同じです。
人間、動いているように見えると、たいてい確認しません。
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名前のことも考えました。
私の作る道具には、AMATERASという名前をつけています。
ところが、パソコンの画面では名前が長いと、後ろのほうが切れてしまいます。
「AMATERAS Pure EQ」と書くと、「AMATERAS Pu…」となって、何の道具なのか分からない。
それで逆にしました。
「Pure EQ - AMATERAS」
先に働きを書いて、後ろに苗字をつける。電話帳と同じ理屈です。
こんなことを半日考えていたと言うと、母さんは呆れるかもしれません。
でも、店先に並ぶ商品のラベルと同じで、ここを間違えると誰にも手に取ってもらえないのです。
——
いちばん嬉しかったことを、最後に書きます。
別の道具のプログラムを開いたら、金色、くすんだ金色、クリーム色という、色の一覧表が入っていました。
半年ほど前に、「いつか全部の道具で同じ色を使えるようにしよう」と思って、作りかけていたものでした。
今日、それを今の道具に持ってきて、使えるようにしました。
半年前の自分が、今日の自分のために準備しておいてくれた。
そういうことが、たまにあります。
母さんが漬けておいた梅を、忘れた頃に開けたら、ちょうどよくなっていた。
あれと同じです。
仕込んでおくというのは、そういうことなんだと思います。
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五十を過ぎて、まだ何かの初心者になれるというのは、悪くないものです。
教えてくれる相手が、怒らず、急かさず、何度でも説明してくれるのは、ありがたいことです。
そのかわり、何を作りたいのかは、機械には決められません。
どんな音がほしいのか。
どんな色が正しいのか。
どこで妥協しないのか。
それは私が決めるしかない。
結局そこは、昔から何も変わっていません。
ほしい音がなければ、自分で作る。
それだけです。
まだ十四本のうち、二本しか終わっていません。
先は長いですが、順番は見えています。
夏バテしないよう気をつけてください。
こちらは元気です。
二〇二六年七月
長岡にて