音と距離感について
音楽には、 だいたいの場合「ちょうどいい距離」がある。 近づきすぎると、 音は説明になり、 離れすぎると、 ただの風景になる。 そのあいだにある、 ごく短い距離。 そこに立てたときだけ、 音は自然に鳴る。 若い頃は、 音に近づきすぎていた。 どう鳴っているか。 どう評価されるか。 どう届くか。 マイクの位置も、 EQの数値も、 言葉の選び…

音楽には、
だいたいの場合「ちょうどいい距離」がある。
近づきすぎると、
音は説明になり、
離れすぎると、
ただの風景になる。
そのあいだにある、
ごく短い距離。
そこに立てたときだけ、
音は自然に鳴る。
若い頃は、
音に近づきすぎていた。
どう鳴っているか。
どう評価されるか。
どう届くか。
マイクの位置も、
EQの数値も、
言葉の選び方も、
すべてを詰め込みすぎていた。
その結果、
音はたしかに“説明できる状態”にはなったが、
呼吸をしなくなっていた。
正しい音。
でも、自由じゃない音。
反対に、
距離を取りすぎた時期もある。
分かってもらえなくていい。
届かなくてもいい。
自分さえ納得していればいい。
そう思っていたが、
それはそれで、
音から手を引きすぎていたのだと思う。
音は放っておくと、
簡単に自分から離れていく。
いろいろ通過して、
ようやく分かってきた。
音楽に必要なのは、
支配でも、放置でもない。
触れているが、
握りしめていない距離感だ。
トラックボールに指を置く。
でも、力は入れない。
判断はする。
でも、決めつけない。
この距離にいると、
音は勝手に前に出てくる。
ミックスでも、
マスタリングでも、
演奏でも、
作詞でも、
この距離感は同じだ。
説明しすぎると、
音は逃げる。
良かれと思って足した言葉や処理が、
いちばん大事な部分を
曇らせてしまうことがある。
だから最近は、
「何を足すか」より
「どこで手を離すか」を
考えることが多い。
距離感は、
技術ではなく、
経験からしか身につかない。
失敗した距離。
近づきすぎた距離。
離れすぎた距離。
それらを何度も往復して、
ようやく
「ここだな」という位置が分かる。
たぶんそれは、
他人に教えられるものじゃない。
音と、
自分と、
世界との距離。
そのバランスが合った瞬間、
音楽は
無理なくそこに在る。
主張もしない。
媚びもしない。
ただ、
ちょうどいい距離で鳴っている。
今は、
その状態を
できるだけ長く保ちたいと思っている。
制作環境AMATERAS STUDIO / AMATERAS SHOPhttps://amaterasshop.base.shop/