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よくこんなもの作ったな

ここ数年で、アルバム4〜5枚分くらいの曲は作ってきた。 けれど、その多くはまだ未発表のままでいる。 リリースしなかった理由は単純で、アルバム1枚分くらい仕上がった直後には、もう次の曲が出来てしまうからだ。 しかもたいてい、新しく出来た曲のほうが自分にはクオリティが高く感じられる。 すると、それまで作っていた曲たちが色褪せて見えて、気持ちが…

ここ数年で、アルバム4〜5枚分くらいの曲は作ってきた。

けれど、その多くはまだ未発表のままでいる。

リリースしなかった理由は単純で、アルバム1枚分くらい仕上がった直後には、もう次の曲が出来てしまうからだ。

しかもたいてい、新しく出来た曲のほうが自分にはクオリティが高く感じられる。

すると、それまで作っていた曲たちが色褪せて見えて、気持ちが離れてしまう。

その繰り返しで、気がつけばずいぶん月日が経っていた。

成長期だったのである。

とはいえ、時間を置いて昔の曲を聴き返してみると、

「よくこんなもの作ったな」

と、自分で少し驚くくらいの密度を感じることもある。

でも、あえて出さないままでいようとも思う。

未発表のまま置いておくことで、また次の新しい曲を作りたくなる。

自分にとっては、その循環のほうが大事なのだと思う。

そして、その月日の中で構築されてきた技法がある。

この技法を生むために、たくさんの曲を実験的に作ってきたのだと言ってもいい。

日本語の歌詞でありながら、洋楽的な軽さをキープしたままグルーヴさせる技法。

自分にとっては、これこそがずっと乗り越えたかった壁だった。

Sugarfieldsがずっとやって来たことは、それなのだ。

邦楽的な歌心を持ちながら、屋台骨は世界標準のグルーヴで鳴っている。

邦楽がずっと乗り越えられなかったその感覚が、ようやく自然に出せるようになってきた。

まだもう一歩必要だとは思う。

けれど、ここらで世に出す意味はある気がした。

その新しい技法で、去年末から最近までに作った曲が10曲くらいある。

どれも、ほぼマスタリングまで仕上がっている。

これらは今年いっぱいかけて、月に1曲くらいのペースでリリースしていこうと思っている。

旧曲についても、当初はリマスタリングでのリリースを考えていた。

けれど、それは一度中止にした。

ただ音を整えるだけではなく、この技法でリコンストラクション、つまり再構築してリリースしていくほうが、今の自分にはしっくりくる。

アルバムを出すという行為は、もう必ずしも必要だとは思えなくなってきた。

自分自身、アルバム単位で音楽を聴くことがかなり減っている。

最近フルで聴けた新しいアルバムといえば、ビリー・アイリッシュのサードアルバムくらいだ。

あとはワールドワイドなヒット曲を聴いていれば、それでごきげんという感じでもある。

そのヒットソングの中に並べる感覚で、自分の一曲を作っていくのが今は楽しい。

最近は、AIの力も借りられるようになってきて、リリースそのものをもっとクリエイティブに遊べる気がしている。

音源を出すだけではなく、見せ方やタイミングや映像や文脈まで含めて、ひとつの表現として実験できる。

そう思うと、もともとは少し事務的に感じていたリリースという行為も、作品の続きとして楽しめる。

だから今年は、どんどん実験的に出していきたい。

きっちり整えて順番通りに並べるというより、

いま面白いと思えるやり方で、

いま出したいものを出していく。

そのくらいの気軽さのほうが、たぶん自分には合っている。