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ハゲはハゲである。

ある現実がある。 たとえば、あの人はハゲだとか、ある国が武器輸出を拡大したとか。 まず確認しておきたいのは、そういうものは最初から善でも悪でもない、ということだ。 それはただ、そこにある現実である。 武器輸出拡大は武器輸出拡大である。 そこにどういう意味を感じるかは、見る側の文化や背景や価値観によって変わる。 ハゲでも素敵だと思う人はいる…

ある現実がある。

たとえば、あの人はハゲだとか、ある国が武器輸出を拡大したとか。

まず確認しておきたいのは、そういうものは最初から善でも悪でもない、ということだ。

それはただ、そこにある現実である。

武器輸出拡大は武器輸出拡大である。

そこにどういう意味を感じるかは、見る側の文化や背景や価値観によって変わる。

ハゲでも素敵だと思う人はいる。

いや無理だと思う人もいる。

それは自由である。

自分がどう感じるか、何を好み、何を嫌うかは、個人の判断だからだ。

だが厄介なのは、その個人的な判断を、いつのまにか宇宙の真理みたいな顔で語り始めることである。

「ハゲという現実の限界を直視しない反ハゲ主義が蔓延している!」

などと言い出したら、もうほとんど様式美だ。

そこまで行くと、思想というより芸である。

左翼的な言動がしばしば敬遠されるのも、だいたいここに理由がある。

彼らが本当に見ているのは事実そのものではない。

自分の育った文脈の中で生まれた価値判断を、普遍的な正義に昇格させてしまう。

そして、その正義に従わない人間を、遅れている、鈍感だ、不道徳だと裁き始める。

多くの人がドン引きしているのは、結論そのものより、その態度である。

なぜなら、その手の態度こそが、昔から戦争を生んできたからだ。

現実には、たいていメリットもデメリットもある。

武器貿易の拡大にも、抑止力や同盟強化という側面があれば、緊張激化や利権化の危険もある。

自分の狭い背景から一歩出て見るからこそ、現実の姿に近づく。

にもかかわらず、最初から結論ありきで、

自分に都合のいい現実にだけ悲壮感を塗りたくり、

善でも悪でもないものを冷静に見ようとする態度まで

「現実主義の蔓延」

などと呼び始める。

それは、「ハゲの蔓延」と言っているのと大差ない。

無意味で、しかも罪深い。

そこまで行くと、もはや議論ではない。

言葉の意味を壊しながら、道徳ポエムを朗読しているだけである。

悪人の露悪より、善人ヅラした思い上がりのほうが、よほど空気を悪くする。

そろそろ、そのヅラは外したほうがいい